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トットちゃんとカモメとパン

北欧大好き。コーヒー大好き。シンプルで丁寧な小さな暮らしを模索中。時々、トットちゃんのような個性的な子どもたちのサポートについても綴っていきたいと思います。

春、別れの季節に「ななほし」のあり方を想う

教室「ななほし」

春は「お別れ」の季節

 

この春、長女の幼稚園の先生方の退職が重なりました。

長女にとって、初めての先生と、初めてのお別れ。

 

4歳なりたての彼女にとっても、悲しい出来事だったようで、夕飯の食卓でシクシク泣きだした日があり、母として、どう声をかけたらよいか戸惑いました。

 

とはいえ、子どもは立ち直りも早いです。

「新しい先生誰かな~?もうね、T先生はいないんだよ!」と笑顔で話している長女をみて、「今を生きてるんだな、すごい。。」と感心したものです。

 

 

毎日のように通っていた児童館の、大好きだった先生も3月31日をもって異動されました。

 

教育テレビのだいすけお兄さんが卒業したり、「英語であそぼう」が終わってしまったりと、「お別れ」シーンが重なったためか、長女も“春はそんなもんらしい”と悟ったようで、大好きだった先生との最後の時間を思いっきり楽しんでいる様子に、大人の私は感心させられっぱなし。苦笑

 

いつから「別れ」にこんなに敏感になってしまったのかしら・・・

私は春が苦手です。苦笑

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私の原風景 「かとうせんせいの窓」

そんな、お別れの連続の中にいて、「ななほし」のあり方についてぼんやりと考えている自分がいます。

 

今朝、モーニングページを書きながら、突然、幼い日の記憶が勢いよく再生され、溢れてきて、「ああ、私の原風景はここなのかもしれないな」と感じました。

 

 

私は私立の幼稚園に2年間通いました。

 

ボロボロの園舎、だだっ広い園庭。

果てしなく広く感じた園庭の端の方には、うっそうとした木々と、その奥には草ぼうぼうの畑が広がっていて、草や花、虫たちの宝庫でした。

 

入り口とは反対側の、道路に面している壁は、一面木イチゴの木が這い茂っていて、季節になると、母や兄弟たちと、よく木イチゴを取りに行きました。

 

私の初めての先生は、今思うと多分、主任の先生だったのかな?

いつもは厳しくて、ちょっぴり怖い「かとうせんせい」でした。

 

私は4人兄弟の長女です。

一番下の妹とは6歳離れています。

 

私が卒園してからも、しばらくは誰かしら、兄弟が在園していたということも、今考えるとあったんだろうな~と思うのですが、私は小学生になってからも、こっそり幼稚園へ遊びに行っていました。

 

遊びに行っても、門からは入りません。

門の手前、道路と園舎が面している、自分の教室の大きな窓の前に立ち、

 

「かーとうせんせーい」

 

 

しばらくすると、

「はあーい」

 

ガラガラと大きな音を立てて窓が空き、かとうせんせいが顔を出してくれるのです。

 

小さいころは何も思わなかったけど、必ず、いついっても、先生は同じようにガラガラと窓を開けて顔を出してくれました。

 

久しぶりに行っても、「久しぶり」とか「大きくなったね」なんて言いません。

 

私が握りしめてきた小石や花を見ては、一生懸命話す私の言葉に耳を傾けてくれた。

どんなに間が空いても、まるで昨日まで幼稚園に通っていたかのように、迎え入れてくれる加藤先生。

 

 

30年近く時が経った今は、かつての園舎は取り壊され、少し奥まった場所にカラフルで綺麗な園舎がたっています。

 

加藤先生は退職され、「かとうせんせいの窓」も今はもうありません。

 

でも、大人になった私の中に加藤先生との何気なく、温かいやりとりは、窓の記憶とともに優しく残り続けています。

 

 

「ずっとかわらずにそこにいる」という価値

 

昨年の11月に、夢の第一歩として教室「ななほし」をひっそりと始めました。

 

今は、長女を含め、生徒さんは4名に増えました。

 

子どもたちが可愛くてしかたなくて、一緒に過ごせる時間が愛おしい。

 

何人かの人から、「ななほしに通いたい」というとても嬉しい申し出も頂いています。

でも、現在の私のキャパシティでは生徒さん4名が限界です。

ありがたい申し出をお断りしなくてはいけない現状を、とても心苦しく思っていました。

 

でもね、ふと思ったのです。

一度にたくさんの子どもたちと接することは難しい。でも、「ずっとかわらずにそこにいる」ことはできるのではないか。

 

私にとっての「かとうせんせいの窓」のように、我が家の赤いドアが、子どもたちにとって「ななほしの赤いドア」として記憶に残り、心の小さな支えになることができたら、こんな素敵な事はない。

 

かつて、加藤先生がしてくれたように、フラッと立ち寄った子どもたちの成長を、内心喜びつつ、まるで昨日の続きみたいにひざを折り、子どもたちの話に耳を傾けたい。

 

そんな“あり方”も悪くないのではないか。

「別れの季節」にそんなことをぼんやり想う、ナナホシでした。

 

 

センチメンタルな文章と、稚拙な絵の日記にお付き合いいただいたこと、感謝いたします。

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