読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

トットちゃんとカモメとパン

北欧大好き。コーヒー大好き。シンプルで丁寧な小さな暮らしを模索中。時々、トットちゃんのような個性的な子どもたちのサポートについても綴っていきたいと思います。

オシャレって難しい・・・服を減らしたことで自分に本当に似合う服とは?を真剣に考えるようになりました

前回の記事で、現在のワードローブの総数と、影響を受けている本について触れました。 

服を買うなら、捨てなさい

服を買うなら、捨てなさい

 

30歳を過ぎたら、一読する価値ありの本だと思います。

 

「ミニマムに暮らすために服を捨てましょう」という趣旨は全くありません。

 

著者はオシャレ業界最前線を突っ走ってきたような方。

 

むしろ、あふれるほどの服を着つくしてきて、無数のオシャレに関する悩みに答えてきて、出された答えがこの本。

 

今の現実の自分を見つめ、いつもオシャレでいるために「イマイチ」な服を無くしてしまいましょう!という著者の潔く、強いメッセージが本の終始に貫かれていて、読んでいてとても気持ちの良い本でした。

 

 

服を減らしていった私。

 

判断基準はいつも、「この服は今の自分に必要か」「今の自分はこの服を心地よく着られているか」という視点でした。

 

必要なモノだけを残していったら、半分以下になってしまった。

今までどれだけの不要なモノを抱えていたのだろうと、すっきりしたクローゼットを前に苦笑いしました。苦笑

 

本を読んでいて、特に女性は、ライフスタイルの変化と、年齢を重ねるごとに変わっていく自分自身の変化(体型や肌の色、髪の質など)によって、「似合う服」が数年単位で変化してしまうのかもしれないな、と思いました。

 

現在32歳の私。

20代後半から現在に至るまで、生活スタイルも、社会的な位置づけも、そして体型も、人生の中で最も大きく変化した数年でした。

 

ぼんやり振り返ってみたので、 お時間のある方はお付き合いください。

 

<20代前半>

それまで実家暮らしで、洋服は親に誕生日とクリスマスに買ってもらうだけ(我が家は高校卒業まで、ついにお小遣い制を導入してもらえる日はありませんでした・・・)。

 

流行の服を着ている友達がまぶしくて、「ダサイ」自分がいつも恥ずかしかった10代の反動で、親元を離れ、お金を自由に使うことができるようになり、洋服やアクセサリー、バッグなどを買いあさった学生時代。

 

なけなしのバイト代をはたいて買う服は、質より量。見た目の可愛さと安さだけで買っていました。

 

田舎の大学だったので、洋服を買える場所は1~2か所しかなく、いつも誰かとかぶってたっけ・・・苦笑

 

自分に似合うか、なんていう視点は全くなく、「安くてお得」が第一条件。パッと見の可愛さ重視で試着なんてしたこともありませんでした。

 

好きなものを買って着ているはずなのに、いつも自分は「ダサイ」気がして、胸を張って歩けないのは10代のころとおなじ・・・。

 

<20代後半>

大学院時代は、東京に出てきたということもあり、少し洋服のテイストが大人になったかな?

 

と、いっても周りのきれいな女子学生さんたちがまぶしくて、「どうせ自分は田舎者だから」といらぬ偏屈さを発揮しておりました。

 

多少、わけのわからぬ衝動買いは減ったけれど、試着せずパッと見の可愛さだけで洋服を選んでいたのは20代前半と変わりませんでした。

 

3900円までは手が出るけど、4900円はとたんに高級品に見えるという、なぞの「39の呪縛」から抜け出せず。

 

本当に、いま思うと、「値段」が洋服購入において最大の関心ごとだったのだなあ。。。という感じです。

 

<20代後半 社会人時代>

26歳で就職。

 

心理士という仕事は初任者だろうがベテランだろうが、大抵いきなり「先生」と呼ばれ、「専門家」という多大な期待が寄せられます。

 

私が初めてついた仕事は、企業でいえば、“営業”のようなお仕事で、日々仕事の相手が変わり、しかもその相手はその組織の重鎮であることがほとんどでした。

 

出向いて行って、ある程度「専門的」な見立てとアドバイスを伝え、しかも納得してもらわないといけない、とても難しいお仕事でした。

 

初めは初任者らしくスーツの上下を着用していましたが、いかにも「新人です」という身なりより、少しこなれた感じの方が話を聞いてもらいやすいのでは?と色々工夫し、服装がどんどんシンプルになっていきました。

 

ベージュのパンツにキレイ目のブイネックのTシャツ。

 

こんなスタイルがだんだんと定着していきました。

 

自分の専門性のなさを日々痛感し、色々な研修や学会に出たり、たくさんの専門書を読み漁りました。

 

自分の重点を置くポイントが、専門性を磨く方へシフトしていったこともあり、時間もお金もそちらに寄るようになったことから、次第に洋服はファストファッションへ。

 

ユニクロ、無印を愛用していました。

 

<30代へ突入~妊娠・出産、そして主婦生活の始まり>

29歳で長女を授かり、退職。

仕事で使っていたようなぴったりとした服はいつしかタンスの奥へ・・・

 

所有していた私服は、20代前半から買いためていった「安くてかわいい」服と、東京に出てきてから好きになったナチュラル系のふんわりした服。

 

もともとやせ形で、妊娠後期も、お腹もそんなに大きくならなかったため、マタニティ用の服を購入することなく、手持ちのふんわり服で乗り切りました。

 

ちょうどこの頃、今の暮らしの礎となっている『シンプルに生きる』や冷え取りに出会い、洋服に対する考え方が大きく変わりました。

 

着心地や素材を大切にすること、肌に直接触れる下着を良質なものにする事・・・

 

化繊のこと、フェアトレードの事、、今まで自分がいかに何も考えずに服を購入していたかをとても反省した時期でした。

 

どうやってその服が作られたのか、というストーリーのあるものに惹かれるようになりました。

 

ただし、退職して育児に追われる毎日。

自由に使えるお金も時間もほぼなく、しかも洋服はよだれ、母乳、泥んこ、鼻水、その他もろもろに耐えられるものに限られていき・・・

 

授乳がしにくいので、大好きだったふんわりワンピースもどんどんタンスの隅に追いやられていきました。

 

<今現在。服を減らして思うこと>

そして、今。

減らしに減らしたワードローブを見て思うこと。

 

「まだある。。イマイチな服」。

 

見ているだけでテンションの上がる、大好きな服だけがクローゼットには残っているはずです。

 

でも、実際に着て、じっくりと全身鏡で自分の姿を観察したときに、自分の「好きな服」と「似合う服」が微妙にズレてきているのかもしれない、ということに気づきました。

 

(一着ずつちゃんと着て、点検できたのは、服の総数が減って、どれもお気に入りばかりで試着ごっこが楽しくできた、という断捨離の効果だと思います。)

 

 

そのズレの大きな原因は「体型の変化」にあると気づきました。

 

「体型の変化」=「衰え」「贅肉」だけではないと思います。

 

私の場合、妊娠出産、そして授乳を通して、どんどん体重は落ち、今が人生の中で最もやせています。

 

そのやせ方に問題があって、一つはウエストがとても細くなってしまったことで、ちゃんとサイズの合うボトムスがほぼないということ。

 

くびれもできて、スタイルはよくなりましたが、ピッタリの洋服を探すのも一苦労です。

 

もう一つは、悲しい変化ですが、首元から胸元にかけてすっかり痩せてしまい、よく言えば鎖骨がキレイに出ますが、まあ、貧相になってしまったというわけです。

 

これによって、今まで好きだったボートネックの女性らしいラインのトップスが似合わなくなってしまい、首の空き具合によっては、だらしなく下着の肩紐が見えてしまうことも。

 

なーに、見せる下着でOKでしょ!と少し前なら思っていたかもしれませんが、ちょっと年齢的にそういう着こなしはやめておきたいな、と素直に思いました。

 

こうして、「今の自分に似合う服」という視点で、夏物のワードローブをもう一度眺めたとき、着られるトップスは何と3枚に。

 

この事実に気づき、正直あせりました。

 

捨てすぎたか?!

一瞬青くなりましたが、思い返してみても捨てて後悔するような服は思い当たらず。

 

でも、新調しようとお店に駆け込んでも、正直何を買ったらよいのか、何が自分に似合うのか、なんだかわからなくなってしまいました。

 

何事も、考え出すと深く考えすぎてしまうのが私の気質です。

 

これを長所と活かすべく、今年の夏はもう少しだけ自分の体型と、雰囲気に合う服をしっかりと見つめなおしてから、どうしても着たいものに出会ったときに買い足そう、と自分にブレーキをかけました。

 

良品週間も、夏のセールも、取りあえず試着にとどめてスルーです。笑

 

 

今まで「ダサイ族」だった自分。

ここらで、「おしゃれ」まで到達できなくても、自分のスタイルを持った素敵な女性に一歩近づきたいものです。

 

あー!オシャレって難しい!!!

 

 

 

ながなが、ダラダラと失礼いたしました。

 

最後までお付き合いいただき感謝いたします。

ありがとうございました!

スポンサーリンク