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トットちゃんとカモメとパン

北欧大好き。コーヒー大好き。シンプルで丁寧な小さな暮らしを模索中。時々、トットちゃんのような個性的な子どもたちのサポートについても綴っていきたいと思います。

朝ごはんの変化

「食べる」こと

 

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今日の朝ごはんです。

 

最近だいたい毎朝こんな感じの朝ごはんに落ち着いてきました。

 

ちなみに、ブログを始めたころ、悩んでいた朝ごはんはコチラ。

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なかなかの進化です。笑

 

特に「頑張って変えなきゃ!」と意気込んだわけではなく、二つの思い込みを手放したことで、自然に朝ごはんのお皿が充実するようになりました。

 

 

思い込み①「デザートは最後に食べるもの」

できれば、子どもたちにも食事の“常識”として、デザートやフルーツは食事の最後に食べるということを教えたいと思っていました。

 

いえ、今でもちゃんとしたマナーを身に着けてほしいという思い自体は大切にしています。

 

職業柄、子どもたちと一緒に給食を食べる機会もあるのですが、やはり学校ではデザートを最後に食べることを食事のマナーとして教えています。

 

大人になって、好きなお店で好きなものを好きな順に食べるのは、その人の自由だと思いますが、基礎となる「家」のルールが、「社会」のルールと大きく離れないように、一般的な常識は教えていきたい。

 

長女は話せば理解できるようになってきているので、ワンプレートに同時にフルーツをつけても、最後のお楽しみにとっておくことができています。

 

朝ごはんに悩んでいたころは、フルーツを同時に出すなんて考えられませんでした。

 

だって、どんなに言い聞かせても、次女(時には長女も)は最初にフルーツに手が伸びます。

 

「デザートは最後に食べるべきだ」

という、今思うとこだわりにも近い“常識”にとらわれていたので、食事のお皿が空になってから、改めてフルーツの小皿を出していました。

 

でも、ある時ふと「別に、わかるようになってから教えればいいのでは?それに自分の分だし、先に好きなものを食べてもいいじゃない」と思えるようになりました。

 

私はこだわりすぎてしまうところがあり、そうと気づかず、自分の首を絞めてしまうことが色々な場面であります。

 

子どもを授かる前は、その思い込みから抜け出せず、苦しくなってしまうこともありましたが、毎日奇想天外な子どもたちに、朝から晩まで付き合ううちに、細かい事なんて気にしていられない状況に慣れ・・・笑

 

いい意味で「まあいっか」と適当になれるようになりました。

 

今朝の朝食の準備中の写真。

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手前の緑のお皿が子どもたちのワンプレート。

 

まだ食べられるものが少ない次女のお皿は、たんぱく質に偏りがち。

彩りも、栄養面も、フルーツに助けられています。

 

 

思い込み②「和には和のおかず、洋には洋のおかず」

朝ごはんの悩みを書いた過去記事にも書かれていますが、洋食の常備菜って、私のレパートリーに少ないです。

 

どうしても、きんぴらやひじき等、甘辛い和のおかずが多くなってしまう。

長女もそういうおかずが好きです。

 

もう一つ、手放したことで朝ごはんのお皿が充実した思い込み、それは、

「パンなどの洋食には洋おかず、おにぎりには和のおかず」というもの。

 

別に、パンにきんぴらを出したっていいじゃない。

ひじきも、卵焼きに混ぜ込んだら子どもたち二人とも大喜び!

 

なあんだ、パンとご飯でおかずを変える必要なんてなかったな!

 

こう思えたとき、とても楽になりました。

長女も、朝ごはんを前よりも楽しみにしてくれるようになりました。

 

 

レストランのようなオシャレなプレートにしなくてもいい。

 

家族がそろって「いただきます」と言える。

自分の手で作った常備菜をいくつか並べ、安心して「召し上がれ」と言える。

それを「おいしいね」と食べることができる。

 

朝ごはんの思い込みを手放して、これって、とても素敵な事だなあ、と気づくことができました。

 

こういう小さなことの積み重ねが、暮らしの中の「変哲のないものを味わう」ということなんだろうな、と思います。

(ものすごく、禅フィーバー中です。笑)

 

 

今日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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